18 5 / 2013
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心ある女性の方へ
落ち着いて最後まで読んでください。
殆ど世界中の軍隊の行くところ、慰安婦は居ました。売春婦とも言います。
第二次世界大戦以前とその後ベトナム戦争などのフランス、イギリス、ドイツ、アメリカ、日本などの進軍先に居ました。
多くの国で売春は違法でなく仕事の一つでした。今、考えると悲しい事ですが、違法ではありませんでした。
多くの国ではその軍が直接、慰安婦を募集しました。
日本は、戦時中は民間業者を監督する立場であり、強制連行などしていません。アメリカは、日本を占領した際に日本政府に慰安婦施設を要求し、米軍はこれを利用しました。
これは、特殊慰安施設協会、あるいはRecreation and Amusement Association (RAA)と呼ばれました。
米軍の一般女性へのレイプを防ぐやむない手段だと言われています。アメリカは、ベトナム戦争の際は韓国に慰安婦を要求し、韓国はこれに応え、米軍はこれを利用しました。
韓国軍はベトナム戦争の際、ベトナム民間人を虐殺、レイプし、数千、数万の多くの混血児が生まれました。この混血児たちは、ライダンハンと呼ばれています。
今、売春は日本などでは違法です。
韓国では、2004年からようやく違法となりました。
現在、売春が適法なのは、フランス、オランダ、イギリス、スペイン、デンマーク、スイス、ドイツ、ギリシャ、ハンガリー、チェコ、オーストリア、ニュージーランド、チリ、ブラジル、カナダ、アメリカネバダ州、タイ、インドなどです。日本は第二次世界大戦中は強制や連行をしていなくて、民間の事業者を監督していました。
米軍は、戦争に勝った後、日本に慰安婦を用意しろと言い、利用しました。
米軍は、韓国にも同様でした。
韓国はベトナム戦争中にレイプを繰り返しました。果たして、謝罪や反省をすべきなのはどの国なのでしょうか?
違法で無い売春を監督した日本なのか、
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慰安婦を要求した米軍なのか、
今も売春が違法でない国々なのか、
ベトナム人を数千、数万人単位で勿論、違法にレイプした韓国でしょうか?
17 5 / 2013
"「ちなみに、日本人の生涯所得――一生涯に稼げる金額――を決める一番の要因は、学歴じゃありません。何だと思いますか?実は生まれ年なんです。つまり、高校卒業時の18歳と大学卒業時の22歳のときの景気がよかったか悪かったかで決まります。」(『経済成長って何で必要なんだろう?』)"
17 5 / 2013
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67: クロアシネコ(京都府):2012/08/09(木) 13:14:33.46 ID:Nd/sKhdm0
そばは爆音ですすって、噛まずに飲むのが粋なんだろ
江戸っ子()
136: サバトラ(青森県):2012/08/09(木) 13:59:21.98 ID:fq1vHwRP0
»67
その粋と美食を取り違えている人が多いけど
その場合の粋(いき)ってのは、せっかちという言葉に近い感じの感覚
物事の本質を味わう粋(すい)とは逆に
触れるか触れぬかのあっさりとした感覚が粋(いき)
そばを噛まずに喰う事が粋(いき)なわけじゃなく
昼飯時の混んだ飯屋であれこれ注文を迷わず入りざまに「ざる一丁」
漫画読みながらとかペチャクチャおしゃべりしながらじゃなく
ささっと喰って席を空けてあらかじめ用意してあった丁度の代金を置いて帰る
昼時間を飯屋でうだうだ過ごして終わるんじゃなく
昼寝するなりバクチしに行くなりそれは人それぞれだけど
夕方に美味い酒を呑むために昼飯はあっさりと蕎麦で済ませておくとか
そういう感覚もあるかも
そういう一連の男の身のこなしを粋(いき)と呼んだもので
(職人気質みたいなかんじかな)
粋は必ずしもそばを美味しく食べる方法ではない
そばだって噛んで食べた方が美味しい
141: イリオモテヤマネコ(千葉県):2012/08/09(木) 14:07:40.36 ID:lpFQDfYJ0
»136
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粋ってのはやせ我慢の美学だよな
17 5 / 2013
"ネットのニュースでパスタに塩を入れても歯ごたえとか変わらんから無駄とか言われてるけどははん!(鼻笑)あれはパスタに塩分を足して置かないとソースが持つ塩分濃度との浸透圧の関係でパスタから水分がどんどん抜けて皿の中がびちゃびちゃ&味が薄くなっちゃうのを防ぐために入れるものなんだよぉ!"
17 5 / 2013
"単身赴任の旦那が突然帰ってきた。
さっそく猫達からあんた誰の刑にあってます。"
17 5 / 2013
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ちょうど上野千鶴子さんの新作「女ぎらい」(紀伊國屋書店)を読んでいる最中で、あちらこちらでどうしたって感じる“ミソジニー”に、どうしたら対抗できるんだろう、と考えていた私に、村木さんの言葉はこんな風に読めた。
「男の土俵にいる限り、女が勝つことなんてありえない。だとすると、やらなきゃいけにあのは負けてしまわないこと」村木さんのこの「戦い方」は、決して今回の拘留期間に突然編み出されたものではない。村木さんの職業人生そのものの戦い方であったはずだ。
手記では村木さんが1978年に労働省に入省した時の様子も記されていた。
均等法以前の霞ヶ関ではキャリア女性にお茶くみをさせるかどうかで、大論争になるほどの時代だったという。そんななか村木さんは、
「いいですよ、お茶くみぐらい」
と毎朝誰よりも早く出勤し、全員に挨拶しながらお茶を配った。そのため職員の名前をすぐに覚え、数年後に異動になった時には何度も送別会を開いてもらい、 また、男性と同じだけ残業しても女性にはつかなかった残業手当も、当時の上司の采配で村木さんにはついたというエピソードが披露されていた。このエピソードを読みながら、どうしても東電OLを思い出さずにはいられなかった。
二人は同世代。均等法以前に“一般女性”とは違う立場で“男会社=男社会”に入った女二人は、とても似ていて、そしてあまりにも対照的である。東電OLは、村木さんの二歳下。1980年に東電に入社。
彼女は男性社員の湯飲みを“洗わされていた”。
たらいに湯飲みを入れ、たらいを持ち上げゴロゴロとふり、そのため湯飲みをいくつも割ったという。
そりゃぁ、そうだ。“男並”の責任を負いながら“女として”の義務まで負うなんて、聞いちゃいないだろう。亡き父が勤めた東電に入り、「亡き父の名を汚さ ぬよう、がんばります」と言ったという彼女。いくつもの湯飲み茶碗を割りながら、経済専門誌に投稿し受賞までするが、会社は彼女を「生かす」ことはできな かった。同期の男性と比べると明らかにもたついた「出世」コースにどれだけの悔しい思いを味わったことか。村木さんのように愛され信頼される職業人生では なく、不本意に出向した子会社で彼女は、“上司や同僚の報告書のまちがいを容赦なく指摘し、嫌われた”(上野千鶴子「女ぎらい」)という。
彼女が目標値を“男並み(父並)”に高く設定したのは間違いなく、そして、“勝ち”にいったことは、残されたエピソードから痛いほどわかる。だからこそ渋 谷で殺される前からずっと、彼女は静かに殺され続けてきた。そんな「殺され方」が全く無縁のものじゃない、と思えるからこそ、未だに東電OLは多くの女の 心に住んでいるのだ。東電OLは殺され、村木さんは生き抜いた。
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村木さんのやり方が「賢かったから」というだけではない。東電OLが「間違っていた」からじゃない。
お茶くみを率先してやりましょう、という話では全くなく、「低い目標設定」は「諦めること」のとは全然違う。諦めず、自分を生かすため、東電OLになく、村木さんに持っていたものは何か、ということだと思う。


